『若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義』若松英輔のレビュー

『若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義』若松英輔
『若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義』若松英輔

本書との出会いは、先にこれを購入し、貪るように読んでいた17歳の息子が「13この世にいること」の章を読むように私に言って来たことに由来する。そこには、須賀敦子が夫の早世直後、失意の中にあって川端康成に出会った時のエピソードが記されており、そこで初めて作者の経歴を調べ、筆者の若松英輔が批評家であると同時に詩人でもあること、『三田文学』の編集長を務めた経歴があることを知り、さらに本書の各章のページを繰ってみて、その多くが「大切な者との死別」をモチーフにして成立しているらしきことが分かった。また、ネット上にあった俵万智の書評を読んで強く興味を惹かれたこともあり、自分自身でも本書を購入しようと決めて、早速ナナロク社に注文させて頂いた。息子は本書を読み終えた際、「これは人生の教科書だから、何度も読み込む必要がある」旨のメッセージを送って来たのだが、そうした読後感を持った彼の思いが大袈裟なものではないことは、私にもすぐに了解された。とりわけ、リルケが詩を書き始めた青年に送った手紙を採り上げた「2見えないことの確かさ」、筆者が師と仰ぐ神父・井上洋治から、頭でっかちな思考よりも実践を重視すべき旨を示唆される体験を書いた「9師について」、七年間にわたる寒村での独居生活にて「暗愚小伝」を書いた高村光太郎が、実は思いがけず彫刻家としてのアイデンティティを強く持っていた旨を紹介した「12語り得ない彫刻」、石牟礼道子が雑誌『中央公論』に寄せた水俣病で亡くなった坂本きよ子という女性が石牟礼に奇病の実相を訴える様を書いた文章を引用し、「一度でなく、二度読んで頂きたい」との注釈を加えた「14花の供養に」、洋画家・岸田劉生の記した文章からその思索の後を辿り、「孤独は時に情愛の発露となる」旨を論じた「18孤独をつかむ」、三夕の歌のうち、西行と定家のものを採り上げ「世界は色に満ちている」といった視点からこれを分析した「24色なき色」などが印象深かった。既に57歳となり、それなりに苦渋に満ちた実人生を歩んできた自分には、息子のように本書を「人生の教科書だ」と断じることは出来ないが、一度でも深い悲嘆に暮れたことのある多くの人間の内面の声を丁寧にすくいあげ、陰影に満ちた生に美しい彩りを与えるようにして綴られた各章の筆致は、紛れもなく詩人のものであり、さらにはこの生を愛する「意思の人」のものであると感じた。

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
秋川久紫さん